北緯31度のパティスリー

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美味しさは循環の中に

食材は取り合いだ。

ある微生物は、僕の買った食材をお構いなしに食べていく。

分解し、合成する・・・・。

僕らと同じ活動をしている。

僕らは「奴らに取られてたまるかよ!」と、冷やしたり、熱したり、凍らせたり、空気を抜いたりする。

ある動物は、僕らの育てた作物を、遠慮なく食べていく。 分解し、合成する・・・。

僕らと同じ活動をしている。

彼らには所有権など関係ない。 「これは、僕がお客様の為に買った食材なんだ!」と述べようが、そんなもん無視だ。 誰の食材であろうが、等しく分解と合成をする。

 

都会の人々が経済の第一線で戦っているならば、ここは生命の第一線だ。

畑の中では、植物は昆虫に、昆虫は鳥に、鳥は獣にと、それぞれ命をやり取っている。

取り込んだり、取り込まれたり・・。 何も特別な事じゃなくて、眼前の畑の中で起こっている。

そんな風にして、有機物は循環していく事に今更ながら驚く。

 

僕は、この循環の中に、味という物はある気がする。

植物も成長の中で、青臭い味から新鮮な味、熟成した味、腐敗した味などに変わっていく。

植物自体に自覚はないのだろう。 しかし、留まらぬ流れのように、味わいは一刻一刻変化していく。

美味しさは、その一瞬のどこかにある。

その瞬間を、どうやってトリミングするか?

奴らに取られる前に、どう抜け駆けするか?

そして色あせないように、どう保存するか?

畑、調理、食事、残渣、堆肥、畑・・・

有機物の物質循環、分解と合成のサイクルの中に、食材の全てを収めきる事。

それが調理に携わる者の、最高技術なのだと最近は思える。

食材をゴミとして捨てない事。

そう志しながらも、使い切れなかった牛乳を僕は今日も捨てている。

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